1987年に大学卒業して32年勤めた会社を本日退職しました。
SEになるつもりもなく、ある日説明会に行った会社の向かいで説明会をやってた会社に「関西」ってついてたものだから、転勤なさそう~と説明会に行って、割とすぐに内定をいただき、「これもご縁だし」と入社を決めたのでした。(就職活動期間20日ぐらい・・・😓)
こんな適当な始まりの割には長続きしたよねぇ。プログラミングは入社してから覚えたけど、性に合ってたみたい。ほんとは、どんどん上流の開発へシフトするのが良いのだけど、私はずーっと「プログラムがしたいです」って言い続けて30年と言う感じ。まぁなかなか希望通りというわけにはいかないんですけどね。
結婚して、産休、育休、短時間勤務を2人分取得。育児支援の整備がちょうど進んでいってる時で、1人目のときは育休は満1歳まで、時短は3歳まででしたが、2人目のときには育休が満1歳の後の3月末まで、時短は小学3年の終わりまで取得できました。
そんなこんなで時短生活が長かったのが私的には良かったんだと思います。バリバリ働くタイプではないし、家事嫌いだし、仕事と家事と育児のバランスがちょうど良かったのよねぇ。育児的にも、私1人の目じゃなく、保育所で先生たちが見てくれてるっていうのは安心感がありました。あと、お休みが取り易いっていうのも育児にはありがたかったなぁ。急に休むとかしょっちゅうだもんね。(それ以外でも、絶対残業が困るコンサートの日とかはお休みしてたので、ほんとありがたかった。)
嵐と出会ったのは下の子の時短が終わるあたり。通常勤務に戻らないといけないし、上の子は中学不登校してたし、結構精神的にキツかった頃ですが、そんなときに出会うなんてね。タイムリーというか何というか。ほんとに救われたなぁと思います。
その後上の子は何とか高校に入れて、大学を経て今は社会人、下の子は現在大学生と一段落な今日この頃。ほんとは下の子が大学卒業するまで働くのが良かったんだろうけど、私はプログラム作るのが好きなだけの人なので、ユーザサポートとか提案とか全然やりたくないし、会社内の何やかんやも面倒になるばかりで、もうずーっと辞めたいなと思ってて。そういうときに、昨年、一緒に仕事してきた人が数日入院することになって、その仕事が全部乗っかってきたものだから、決断するに至りました。もし、この人に万が一のことがあったらこうなるんだなと実感できてしまったので。それが無かったらまだズルズル行ってたかもしれませんが、いい頃合いで決断できて良かったなと思います。
昨年11月に上司に言って、退職日が決まったのが今年の4月末、実際に退職できたのが今日と、まぁまぁかかりましたが円満退社できたかなと思います。今後についてはまだな~んにも決まってませんが、私も大野さんと同じく、辞めたら何がしたくなるのか、どんな気持ちになるのかわかってないので、これからの展開を楽しみにしてるところです。